Chapter 13
車社会≪
Part.
2≫
地球の走り方 〜ペルー〜
リマの道路にはところどころに“強制減速”の仕掛けがあります。
高さ10センチくらいの“障害”が横たわっています。
多いのはレンガ状の鉄が道路に埋め込まれていて、目立つように赤い色にしてあります。
また、レンガ状の代わりに“かまぼこ型”に道路そのものが盛り上がっている場合もあります。
設置されている場所は、狭い道路から広い道路に出る手前、学校の周辺、病院の周辺など、ときには「なぜここに?」と思われる箇所もあります。
もちろんペルーにも交通ルールはありますが、それをきちんと守っていては進めないとばかりに実に乱暴に、豪快に走ります。
それを要所要所で“強制的に”阻止しようとしたのが“減速装置”の出現となったのでしょう。
リマに着いて2日目に言われました。
「岡田さん、どろぼうや強盗だけでなく車にも気をつけてくださいね。
とにかく車は止まりませんから〜」と。
1週間ほどしたある朝、やっと日常の暮らしにも少し馴れ、apartamento の窓から何気なく前の道路を眺めていました。
その日午前中のスケジュールはなく、静かな住宅地の2階にあるその部屋で、たまたまFMから流れていた好きなラテンの曲を聞きながら“コーヒーでも”と椅子から立ちあがろうとしたときです。
突然、表通りからけたたましい犬の悲鳴が聞こえます。
思わず窓に近づいて見ると、さっきゆっくりと前の道路を表通りへ歩いていった犬が、宙に飛び上がったり、体をくねらせたりしながら走ってきます。
そして自分の飼い主の家の門まで戻ると、こんどは“ねずみ花火”のようにぐるぐる回りはじめます。
その間、けたたましい悲鳴は続きます。
しばらくして、その力も絶えたのか今度は急におとなしくなり、うずくまって自分の片方の後ろ足を舐めはじめます。
見るとその足はなんと膝から下が前のほうに曲がっているのです。
つまり反対側に〜。
もちろん痛いはずです。
ときどき弱々しい高い声で“クシューン”と。
思い出したように大きい悲鳴をあげながら家人の助けを求めて門を入っていきました。
このときやっと、前に言われた言葉のイミを知りました。
「車は止まりませんから〜。」
Av.Javier Prado Av.Brasil など、市内を縦貫したり、横断する広い幹線道路がいくつかあります。
片側3〜4車線で広いですが、他の交通手段がないため常時車が多いです。
それなのに(それだから〜なのかどうか)どの車も猛烈なスピードを出しています。
その上マナーは悪く〜というよりもマナーはなく、どれも我先に〜で争っています。
割り込み・急な車線変更・極端に短い車間距離・一旦停止の無視・・・。
治安がよくなくて、馴れるまではタクシーを使うように〜とのペルー生活ベテランの先輩の忠告もあり、ずっとタクシーを使っていました。
が、乗るたび生きた心地がしません。
前後左右いっぱいの車が猛烈なスピードで競いながら、なおかつ割り込み・車線変更をしながら突っ走っているのです。
普通、車間距離の怖さは「前後」についてのものですが、ここでは左右の車間距離も怖いです。
そんな状態なのにメーターを見ると90キロを超えていたりして見るのが怖くなります。
おまけに道路の整備も十分でなくところどころアスファルトがはがれて穴があいています。
それをすばやく見つけては瞬間によけて走る技術は大したものだとヘンに感心してしまいます。
運転手はもちろん平気で、私が心配げに
”Hay accidente?”(事故はあるか?)と聞くと
”Si bastante!” (うん、かなりある)と自信を持ってのたまう。
ここでは客の心配などすることは決してないのです。
それでも親しくなった日系人の親切な運転手の方は少しは気を使ってくれます。
その運転手でさえあるとき、携帯をかけながら走っていて、はじめ片手で運転していたのですがつい話に力が入りいつのまにか両手をハンドルから離して大きなゼスチュアで携帯の相手に説得をはじめるのです。
前後を走る車の間で私は知らず知らず両足を踏ん張っていました。
このあいだ、ある方と一緒にタクシーに乗ったとき、馴れているはずのその方でさえ危険を感じるほど無謀運転をするドライバーにその方が
「私たちは片輪(かたわ)になりたくないからもう少しゆっくり走ってくれ」と言いました。
彼の返事は「 No preocupe! (心配するな) 自分はプロだ。」
ところが、そんな車のフロントガラスにもたいていキリストの小さな像や十字架がぶら下がっています。
中にはごていねいに二つも下げたりしているのもあります。
もちろん交通安全のお守りの意味を含んでいます。
こちらにしてみれば、そんなお祈りをしなくていいから、もうちょっとおとなしく運転してくれ〜と言いたいです。
マナーの悪い大阪のタクシー〜とよく言われますが、リマで暮らすかぎり大阪のタクシーはマナーがいいです。
ガソリンスタンドの角地のスペースは「道路の一部」で、右側通行のペルーでは右折するとき右側にあるスタンドのスペースはちょうどスムーズな右折用の「道路の一部」または「空き地」としてスイスイ通りぬけて行きます。
交通の激しい通りでのUターンも横行していて、目の前に急に横たわる車に、さすがに大声で文句を言っているドライバーと、それに負けず言い返しているUターンドライバーを見かけます。
こちらも朝・夕方の渋滞はひどく、交差点で待されます。
信号まで6台も7台も止まっているのに、運転手は前の車に向かってクラクションを鳴らします。
「どうして鳴らすのか。」と聞くと、
「急いでいるから〜。」と。
あまりひどい話だけをしたら我が愛するペルーに悪いです。
中には親切なドライバーやタクシー運転手もいます。
住宅地のスーパーの駐車場に出入りする車はたいてい親切で、互いに譲り合ったり、歩行者に気をつけたりしています。
市街地のタクシーでも小さな交差点で、わざわざ道をあけてくれて“先へ行け”と合図してくれたりします。
ある人の話ですが、交通量の多い道路に出て、飛ばすくるまに囲まれるとペルー人の気質が出てきて、つい我先にとなってしまうのだろう〜というのです。
ほんとうかどうかは別としてウンウンとうなずいてしまいます。
マナーのことをいえばドライバーの方ばかりではありません。
歩行者の方も信号無視は当たり前〜。
交通の激しい交差点の「赤信号」で、ひっきりなしに走る車の前後をヒョイヒョイとかわしながら渡っていく歩行者を見ると、アブナイというより「あんなことをしながらよくいままで生きてきたものだ。」と感心します。
もっとも交差点はともかく、それ以外には歩行者用の横断歩道というものがほとんどないリマでは、大きな通りを横切るときはいやおうなしに車のすきをぬって渡るしかありません。
Av.Jabier Prado など、はじめは「こんなところを横切るなんて」とタクシーの中からハラハラしながら見ていましたが、最近自分ででかけることが多くなり、いまでは自分自身
「こんなところを横切るなんて」のその人になっています〜。
人間の習性って怖いです。
以前怖かったスピードもこのごろはときどき前の車がゆっくりに見えてきて心の中で「おい、もう少し早く走れよ。」になってきました。
そんな私の心のすきをいつ事故が襲うかわかりません。
たしかに横断中、猛烈なスピードで走ってくる車も、人に近づいたからといって決してスピードをゆるめることはしません。
そのかわりに、おもいきりクラクションを鳴らしてくれます。
テレビのニュースに映し出される交通事故の場面を見ても「どうしてこんなことに?」という状態が出てきます。
仰向けにひっくり返ったライトバン、窓からハンドルが突き出た事故車、そして車から引き出される負傷者や死者、病院へ移される担架の人〜こちらの映像は生々しいです〜そしてそんな事故では必ず7〜8人の死者がいます。
ひとりふたりの事故では報道の対象にならないでしょう。
日本の交通標語にたしかこんなのがあったと思います。
「飛び出すな。車は急に止まらない。」
ペルーで標語を作るとすればこうなるでしょう。
「気をつけよう。車は決して止まらない。」
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