Chapter 14


車社会≪Part.3≫

タクシー


車社会のもうひとつの特徴はタクシーがやたらと多いことです。
中でも個人のシロタク(といってもヤミのタクシーが横行しています)だらけです。

 こちらも今経済が落ち込んでいて仕事がなく、必然的に手短な収入の手段としてタクシーを始めるのです。

 こちらの人の話では、大学を卒業した人(医科大学も含めて)も職につけずタクシードライバーになるそうです。

 加えて、給料が十分でないため一般の会社員・公務員などが勤務時間外の時間を利用してシロタクをしているのも要因のひとつです。

 私の仕事先である会館の前にも軍人の人が夜の時間を利用してアルバイトでタクシーをやっています。

 屋根にちゃんとした表示をしたものよりもフロントガラスの上に「TAXI」と張り紙を貼って走っているもののほうがずっと多いです。

 中には自分の車はないので他人の車を空いているときだけ借りて稼ぐドライバーもけっこういるのです。

 借りるほうも借りるほうですが、ドライバーの水揚げのピンハネをする貸し手も貸し手です。

借りたほうはどうせ自分の車ではないので、飛ばすだけ飛ばして稼ぎ少々のキズなど気にもしないらしいです。



 ガソリンスタンドでは、そんなドライバーがガソリンを「2ソルぶんだけ入れてくれ」などといい、スタンドでもそれに応じています。

(1ソルは約30円ですから60円分です。ちなみにガソリンの値段は だいたい日本と同じくらいです。)

 車を返す時間がせまり、たくさん入れると余って貸し手のものになってしまうのでギリギリ入れようとするからです。

 肉・ハム・チーズ・魚・野菜・果物などはみな Kg (キログラム)単位という大ざっぱな国にしては考えられないミミッチさです。



 それらのシロタクはさまざまで、中には先にお話した「大古」のくるまもあれば、日本ではもう15年も前に姿を消したような古い型のもの、超小型のもの、日本から中古で輸入し社名も消さずにそのまま使っているものなどまであります。

 ○○株式会社/△△商会/××運輸などとあります。

 いきおい車もひどいものがあり、先日乗ったタクシーは窓ガラスがなく、もちろんボディーはボロボロ、見ていると3つある運転席のメーターはひとつも作動していません。

 日ごろから「岡田さん、タクシーに乗ったときは窓をきちんと閉めなくてはいけませんよ」と注意してくれるシニョーラもこのときは無言でした。



 そもそもなぜこんなに車が多いのかと考えてみると、およそ730万人が住む大都市に地下鉄もなければ普通の鉄道もないのです。

必然的に車に頼るしかありません。

世界でも珍しいでしょう。



 かつて地下鉄の計画もあったそうですが立ち消えになったまま。

南に向けて鉄道が計画され極く一部線路までひかれたのですが、これもそのまま止まってしまっています。

 地下鉄は技術的な問題で、鉄道は工事に絡む利権や汚職などに対する批判から実現しなかったのだそうです。



 ペルーの観光資源はとかくインカの遺跡やアンデスの高地に注目さて見落とされがちですが、リマ市内にはスペイン統治時代の由緒ある場所や建物がたくさんあります。

 世界文化遺産として「リマ歴史地区」も登録されています。

それらの建物もくるまの排気ガスのため黒くなり、それが最近急速に悪化してきており問題視されています。

 雨が降ればまだいいのですがここリマは年間を通してほとんど雨が降らないところです。

その上ガソリンの質にも問題がありそうです。

 よく煙をはいて走っている車をみかけます。

エンジンの問題なのかとも思ったのですが聞いてみるとガソリンのほうが原因のようです。

 給油所でガソリンを売るとき水増しするため悪質な油をブレンドするところがあるというのです。

 スタンドを外から眺めるかぎりそんなことをしそうな様子はありませんから信用していいのかどうかわかりませんが、前にこの「通信10」でお話した林先生も「まだ1年も乗っていない車なのに、バンパーだけがボロボロになりはじめるんですよ。ガソリンのせいです。」とおっしゃっています。

 道路を横断するとき、止まっている車の間を縫って渡っていて、急に発進しようと思いきりエンジンをふかし始めた車から、まともに黒い排気ガスをふきかけられると、どっちの原因にしても「やめてくれ!」と言いたいです。

 もっともこれはタクシーだけの問題ではありません。

タクシーの数が増えつづける問題は法で規制すべきだということも提起されています。

 そのひとつの方法として車の種類を制限することも検討されているようです。

いま、“Tico”という“Daewoo”製の小型韓国車がタクシーのかなりの部分を占めています。

 運転手を含めて4人しか乗れないタイプの超小型です。

小回りがきく上、なんといっても値段が安いので、これをタクシーに使うケースが多いのでしょう。

 これを規制すればタクシーの数が減る〜というのがそのねらいのようです。

が、そもそも車以外に移動の手段がない、したがってタクシーに対する需要が基本的に多い〜ということ。

 一方、不景気で他に仕事がなく、タクシーが手短な職業だ〜ということ。

このファンダメンタルズを変えない限り、タクシーの数を減らすのはむずかしいでしょう。

 第一、「TAXI」と書いた紙切れを自分の車に貼ればそのままタクシーに早変わりする一方、街には無数のタクシーが氾濫するなかで、だれがどうやってタクシーの許可をチェックできるのでしょう。

 タクシーの規制は、交通渋滞解消の面からも行われていて、例えばセントロ地区は車体を黄色に塗った正規のタクシー以外は進入禁止になっています。

 しかしそんな規制が効果を発揮するでしょうか。

ヤミタクシーを拾ってセントロ地区へ向かいます。

 セントロが近づくとドライバーはフロントに張った「TAXI」の張り紙をさっさと外して足元にしまい、規制はどこ吹く風とばかりに地区に入っていきます。

 客としては降りるとき「これはタクシーじゃないよね。」とお金を払わずに済ませたいところですが、それはまさか…。

 ヤミタクでも昼は軍人、夜はタクシードライバーという会館前のドライバーはむしろ身元がハッキリしているだけに信用ができ、「知らない車より安心です。」と評判がよく、固定客がついている〜ということがここのタクシー事情をよく物語っています。



 最近、悪質ドライバーに会った方の話です。

料金を払うとき10ソーレス紙幣で払おうとすると「この札は古いから新しい札で払ってくれ」とのこと。

 仕方なく比較的新しそうな50ソーレス紙幣で払ったそうです。

後でお釣りにもらった紙幣を他で使おうとしたら「これは偽札です。」と言われ調べて見ると全部偽札だったそうです。

 日系2世でペルーの犯罪については熟知しているその方さえまんまとひっかかってしまう見事な手口に感心さえしてしまいます。

 これもタクシーだからしやすい犯罪で、一般の商店だったら意識的にはできないことです。

 もっとも普通の店で偽札をお釣りにもらったとして、あとからそこへ持っていっても取り替えてはくれないでしょう。

 その店で渡したという証拠はありませんから。

ただ、受け取ったその場でならもちろん別の札に取り替えてくれますが。

「現金その場かぎり」はここでは特に重要です。

 以前、インカ民芸店が集まっている市場で買い物をしてお釣りをもらい、すぐその先の店でも買い物をし、お釣りにもらった札を渡すと「これは古すぎて偽かもしれないので受け取れない。別のにしてくれ。」と。

 このときはすぐに前の店に戻り、事情を言って新しい札に替えてもらいましたが、これは前の店としても渡した直後だし、さすがに断るわけにいかなかったようです。

 悪質タクシーによる被害はいろいろありますが、たとえば夜間、女性一人の客で淋しい地域だと暗いところへ連れて行かれお金やネックレスなどを盗られる。

知らない場所へ行くとき、適当な場所で降ろされ結果的に高い料金になる。

料金を先に渡すと途中で降ろされてしまう、などなど。

 会館で日本語を教えている年配の女性教師の話では、彼女が年金の受け取りに銀行へ行くとき(こちらでは年金の受け取りは銀行の窓口に限られていて、支給日には朝から銀行の前に長蛇の列ができます。)料金の交渉をすると「片道の料金で家まで往復する」と破格の条件だったので、その車に乗ったのはよかったものの、よく考えるとドライバーは年金をうけとった彼女を狙おうとしているのではないかと疑い、いろいろ対策を考えたそうです。

 そしてドライバーがちょうど彼女の息子ぐらいだったのを話題にし、彼の母親も同じようにわずかの年金を頼りに生活していることを聞き出し、「そんな人を困らせるようなことをしてはかわいそうだよね。」などと温情に訴える作戦に出たそうです。

 それが功をそうしたのかどうか、格安運賃で無事家まで帰り着きました〜ということでした。

 その話を隣で聞いていた別の女性教師は「まとまったお金を持ってタクシーに乗るときは、まずできるだけ料金を安く交渉した上で、『ああよかった。ちょうどこれだけしかお金を持っていなかった〜』とドライバーに聞こえるようにひとりごとをいうようにしてます。」と。

 ドライバーもドライバーなら客も客です。

「虚々実々」のかけひきが、なにげない日常生活の中で行われていて、なんか楽しくなります。

 ただ、ひとつフシギな事があります。

こちらではタクシーの客は大半の人が助手席に乗ります。

 ある人は「後ろに乗るのはドライバーに対して失礼だからだろう」と言います。

しかし、ここの習慣は「お金を出して人を使う」ケースでは圧倒的に「使用者有利」という意識があるようです。

 そうすると「ドライバーに対して失礼」というのは考えられないことです。

見るからに怖そうなドライバーの助手席に若い女性が一人で乗りこむのを見ると、大丈夫かな?とひとごとながら心配してしまいます。

 逆の考えは、もしドライバーが指定以外の方向へ向かおうとしたとき、後部座席では手の施しようがないのに対し、助手席なら何らかの抵抗が可能だからかな〜などと考えてしまうのは、私の考えすぎなのでしょうか。

 いずれ理由を調べたいと思いつつ〜。

日常生活の中の“なぜ”は他にもいくつかあり、はじめは疑問に思うのですがそのうち“日常化”して忘れてしまいます。

 こちらに来てすぐのころ、“ Poco a poco “のご主人タケオさんにも言われていたのを思い出します。

 「そういうのは気がついたときにすぐ書きとめておかないとだめですよ。じきに不思議じゃなくなりますから。」と。



 脱線ついでです。

こちらの車のナンバーには上に小さく“PE“の表示がついています。

 もちろん“ペルー”の意味だとわかります。

でも、100%の車についているこの表示はいったい何のため?

 という疑問を何人かの日系人の方に聞きました。

明快な答えがちっとも返ってきません。

 3ヶ月ぐらい経ってからやっとそれが「ペルーの車であること」の表示だとわかりました。

 でも、それは私もはじめから予想していたことで、問題はなぜそれが必要なのか?です。

考えてみれば全く当たり前の事なのですが、地続きで国境を接している国では、“車の国籍”も当然必要です。

 多分、この国が国境を接している、エクアドル・コロンビア・ブラジル・ボリビア・チリとの周辺では“PE”といっしょに“EQ”“COL”“BRA”“BOL”“CHIL”(アルファベットはすべて私の勝手な想像ですが)などの車が走っていることでしょう。

 しかし、ここリマに長年住みつづけていると“PE”の意味を聞かれて即答できる人は少ないというのも現実なのです。



 話をタクシーに戻さなければなりません。

肝心なタクシー料金のことです。

 ここでは料金はすべてその場での交渉です。

距離・時刻・寄り道の有無・その他の条件によって客とドライバーの駆け引きで決まります。

 深夜でなければたいていは距離が決め手になり、タクシーを止めて助手席の窓から「○○までいくらか?」と訊ね、「○○ソーレス」という返事を聞いて判断します。

高い〜と思えばそれより1〜2ソーレス低い値段を言って交渉します。

 距離でおおよその相場というものがあって、大体はそのあたりで決まりますが、ドライバーと客のそのときの“強気”さで1〜2ソーレスの開きが出ます。

 深夜はやはり割高になり、クリスマスイブとか大晦日はタクシーそのものが極端に少なくなって、料金も2倍くらいにはねあがります。

 “その他”の条件はといえば、私自身のこんな経験もあります。



新しい Apartamento に引っ越しておおよその身の回りのものが揃い、あと靴箱がほしいな〜と考えていたとき、ちょうど近くで“蚤の市”があったので見に行きました。

 かっこうの掘り出し物を見つけて買ったのはいいのですが、持って帰る方法を躊躇していました。

 そんなに遠くない距離なので自分で担いで帰ってもいいのですが、天気がよすぎるくらいで、相当汗をかくことになるし・・・と思案していました。

 そういうイベントの入り口にはかならず何台かのタクシーが待ち構えていて、案の定“ Taxi? ”と聞いてきます。

でかい体格と、威嚇的な風貌につられてつい“ Si ”と言ってしまったので、使わざるを得なくなりました。

仕方なく“ Conoce Los Burugos ?“(ロス・ブルゴスを知っているか)

彼“ Si Claro ”(もちろん)

私“ Quanto ? ”(いくら?)

彼“ Cinco ”(5(ソーレス))

私“ No. Tres ”(ノー 3(ソーレス))

彼“ No ”(この“ノー”は特に長く強調しながら私の靴箱を見ます)

完全にこちらの足元を見ています。

距離からいえばどう考えても3ソーレスのところです。

そこで“ Quatro ”(4(ソーレス))と言ってみました。

ふたたび

“ No ”と前にもまして長く、そして視線をふたたび靴箱へ。

「ウーン、しゃくだなあ」と思いながらも乗ることに〜。

ところがこのドライバー“ Si Claro ”と言っておきながらこのあたりの地理を全然知りません。

 一方通行を逆行するは、曲がる角がわからなくて私に聞くとは・・・。

しかも自分が逆行しているのに、対向車とバッティングすると、自分のほうはわずかによけて、せまくあけたわきを指して“ここを通れ”と手で相手に指示しています。

 ドライバーの風貌に押されて相手はおそるおそる脇を通りぬけて行きます。

そのくせ途中で私に“靴箱はいくらだったか”とか“気に入ったか”とかいろいろ聞いてきます。

 いったいどこまでが怖いタクシードライバーでどこから人なつこいペルアーノなのか見当がつきません。

 Apartamento につくころには、私のほうもいろいろと計算をします。

2ソーレス分の超過料金の採算をどこでとるか。

 そしてこのでかい体格をどう利用するか。

これはもう靴箱を2階のわたしの Apartamento まで運ばせるしかない〜。

 ペルーではお金を払えば断然強い〜。

ですからこのケース、別に余計に払わなくてもそれくらいのサービスは当然です。

 この場合4ソーレスなら大喜びでそれをしてくれて当然のケースです。

 ですが、そういう感覚がまだ十分身についていない私としては、3ソーレスではそれはできなくて、細い体で四苦八苦しながら靴箱を運び上げるしかないところです。

ましてこのいかついドライバーには。

 そこで、この“超過の2ソーレス”が力を発揮するわけです。

車をとめたところで

“ Puede llevar este a mi apartamento de segundo piso ? ”

(2階まで運べるか?)

とこんどは私のほうが彼の足元を見ます。

仕方ない〜という様子で

“ Si ”と言い、2階まで運びます。

こうして彼は2ソーレス割高の“いい仕事”をし、私は少々しゃくながら、でもこわそうなドライバーを思い通りに“使用”することでそれをとりもどした〜ということになります。



 ここでみなさんはタクシー料金の安さに気がつかれたことと思います。

いくら最短距離とはいえ3ソーレス(=約90円)。

 現在、1時間のチャーター料金がだいたい15ソーレスと言われています。

私がApartamento を引っ越すとき頼んだタクシーは荷物運びをしてくれただけでなく、そのあといろいろな買い物であちこち付き合ってくれ、朝から夕方までほぼ1日がかりでした。

 が、なんとそれで70ソーレス。

いくら親しくしていたとはいえ、今から考えても気の毒だったと思います。



 タクシー料金の“その他の条件”とは、たとえば上記の私のような状況を含めてさまざまだと思います。

 この交渉は一度で成立するとは限りません。

どうしても折り合わなければ、見送ります。

 それでも大丈夫です。

後ろでその状況を見ながら、次のタクシーが待ち構えています。

 何台もいる時には当然客の方が有利です。

街ではこの交渉風景が常時見られ、若くてかわいい女性が助手席の窓から頭を突っ込みそうにして、こわそうな運転手と気後れすることなく交渉している様子を見るとほほえましくなります。

 こうしていちいち交渉が必要なタクシーですが、馴れると返って便利でもあります。

つまり値段を決めてしまえば、あとはドライバー任せですから、渋滞して時間がかかろうが、はじめての場所だろうが(別のキケンは考慮するにしても)料金がそれ以上になることはありません。

 日本でも、地理に詳しくない客をわざわざ遠回りして高い運賃にするケースがあるようですが、メーター制の弊害はここにはありません。

 メーターがどこまで上がるのだろうかと不安を感じつつ〜とか、停車寸前にメーターがカチッと上がるあの不快感から解放され、話し好きなドライバーを相手に世間話をしながら〜。

 窓ガラスがなかったり、メーターが作動していなかったり、少々乱暴な運転にハラハラしながらも〜。

 しかし、オムニバスやコンビなどのバス(これらについては次回に…)にくらべると、それでもやはり“安全”ということで、ここでは欠かせない、そして愛すべき市民の“足”であることには違いありません。


4-5-3, Honmachi, Chuo-ku, Osaka 541-0053
TEL.06(6268)4530 FAX.06(6268)4530