Chapter 2


《車社会Part.4》
オムニ、コンビ、コレクティーボ
公共バスも慣れれば楽し


日本の都市交通の主要手段、私鉄・JR・地下鉄に代わるものとして、リマではバスが主役を務めています。
“ オムニ ”と呼ばれる大型バスと“ コンビ ”と呼ばれる小型のバスです。

両者に共通するのは新しい車両がほとんどないことです。

さすがにタクシーのように“ ○○パーセントが鉄板状態 ”というのはありませんが、塗装が剥げかかっていたり、車体にキズがあったり〜は珍しくありません。

見るからにオンボロというのもあって、日本ではゼッタイに見ることはできませんが、もし日本で走っていたら、却って人気になるかもしれません。

ただし条件があります。

(1)いつ故障するかもしれないので、時間がないとき・急ぐときは乗らないこと。

(2)もし、ブレーキやハンドルのトラブルだったときは最悪の事態も考えなくてはならないので、相当物好きな人間だと自覚して乗ること。

です。

先日は故障した“ コンビ ”が乗客を降ろし、運転手と呼びこみ係りが押しているのを見かけました。

故障以外にもさまざまなアクシデントがあるのは、車体についた擦りキズや凹みが物語っています。



まず“ オムニ ”ですが、車体が大きくて長いです。

日本の都市の“路線バス”より座席の列が2〜3列ぐらい多いのでしょう。

加えて旧型の“ボンネットタイプ”が主流なのでよけいに長く見えます。

大きな図体にふさわしくエンジンもごう音をたてて、ときには煙もはきながら豪快に走ります。

大きいわりにはおしなべて乗客は少なく、採算はもうひとつかな〜と他人事ながら心配してしまいます。

それというのも、“ オムニ ”は経営主体が“会社”で運転手、車掌(といっても料金徴収係り兼呼びこみ係りですが)が雇われの身であるため、“ コンビ ”のように積極的に客の呼びこみをしないこと。

それから、“ コンビ ”のように時間的にも、コース的にも本数が多くないため、便利さに欠けること。

が要因ではないかと思われます。



一方“ コンビ ”ですが、こちらは“ライトバン”の後部を改造して座席をとりつけたものが主流で、当然小型です。

それでも大きさには差があり、座席数が12〜13くらいのものから20以上になるものもあります。

少しでも座席を多くするため、助手席はもちろん、その後ろの少し床が高くなっているスペースにもむりやりシートをつけています。

よく取り付けたものだと感心しますが、なにしろ日本から中古車を輸入して、いとも簡単に右ハンドルを左に付け替える国ですからこちらが考えるほどむずかしい話ではないのでしょう。

日本からの中古車の場合、タクシーと同じように元の会社名を一部残したまま走っているのもあります。

“バン”ですから天井も低く席につくまでは背中をまるめて動かなくてはなりません。

体の大きい欧米系の男性などは本当に“背中をまるめて”乗り降りしています。

“ オムニ ”と違ってこちらは“個人経営”(形態は“会社”でも多分零細か実質個人だと思われます)のため、客の呼びこみは積極的で、停留所が近づくと“呼びこみ係り”の声が一段と大きく早くなります。

“ Todo Javier Prado ! Todo Javier Prado ! ”(ハビエル・プラードを通る!)などと盛んに経路を知らせて車のボディーを叩きます。

一応停留所はあるのですが、乗り降りする位置は範囲が広く、客がいれば停留所を過ぎてからでも停車して拾います。

“呼びこみ係り”だけでなく運転手も指を立てて見込み客に“乗れ” “乗れ”と合図します。

降りるときも、客の求めに応じて適当な場所で降ろします。

「メトロ(大手スーパーの名前)の前で。」とか「lavanderia(洗濯屋)のところで。」「次の角で。」などというとそこで降ろしてくれます。

同じルートをたくさんの“ コンビ ”が通るので結構競争が激しいようです。

その結果、ペルーではめずらしいことに料金の“実質値下げ”が行われています。

料金表では「市街地平日S/1.20 休祝日S/1.40」と書いてあります。

が、ほとんどのコンビが1ソーレスか1.20ソーレスで休日もOKです。

日曜日に乗ることが多い私は、はじめ料金表に従って1.4ソーレス払っていました。しかし、他の客が払うのを見ているとどうも違うみたいです。

あとで人に話すと、

「岡田さん、それ払い過ぎですよ。」と言われました。

「だって料金表にそう書いてあるし、集金係りもそれで受け取って
 いるじゃないですか。」

「そりゃ、払えば向こうは受け取りますよ。
 わざわざ返すわけがないでしょ。」

「え、そしたらいちいち聞くわけですか。」

「聞かなくてもいいです。とにかく1ソーレスを渡してみるんです。
 もし足りなければ請求してきますから。」

それ以後、私はコンビでは1ソーレスで通しています。

だいたいはそれで済んでいますが、ときどき「20セント足りない。」と言われます。

しゃくなのでわかっていても“ Porque ? ”(どうして?)と聞くと

“ Domingo ”(日曜日だから)と答えが返ってきます。

しかし、そのコース、行きは1ソーレスで済んだのですから、さらに一言いいたいのですが、そこまでのカステジャーノの力を持ち合わせていないし、1.2でも規定よりはまけているので「まあ、いいか。」と。

こうして同じコースを行きと帰りで違う料金を払うことになります。

この“ コンビ ”業界にもペルーらしく“ヤミ” コンビが紛れているようです。

それをチェックするため、停留所のところどころにチェックする要員が立っていて手元のリストに通りすぎるコンビを記入しています。

これはヤミのチェックだけでなく、届けた時間帯にちゃんと運行しているかどうかのチェックの意味もあり、コンビの呼びこみ係りがそのチェックを受けるときいくらかの料金をチェック要員に払います。

ヤミのチェックはもちろん警察でもやっていて、先日コンビが客を乗せたまま、警官に止められてチェックを受けていました。

“ヤミ”チェックなのか、その他の理由なのかはわかりませんでしたが、とにかく日本では考えられないことです。

リマに暮らす日本人の女性向けにミニコミ誌が発行されています。

その中の「ペルーは危ない国?」という記事には次のように書かれています。

『コンビに乗るときには、後ろの席、窓側の席を避ける。真ん中の通路側の席が比較的好ましいといわれている。またコンビの中には運転手や運賃を徴収する人がぐるになって泥棒になるというケースがある。これはバス会社などに登録されていないもので、夜間に起こる場合が多いといわれている。よって夜遅くにこういったコンビに乗るのは避ける…などの注意をしよう。』

「でも、運転手や運賃を徴収する人がぐるになって泥棒になる〜としても誰か見ているでしょう。」と人に聞くと、「コンビの終点には人気のないところがありますよ。そんなところではどうやって抵抗しますか。下手に抵抗すると却って危ないですよ。」と。



タクシーと同じように、コンビも客を乗せたままガソリンを補給します。

走っていていきなり道路をそれるのでびっくりしているとガソリンスタンドに入ります。

スタンドのスタッフが寄ってきて、何ソーレス分入れるか聞きます。

運転手はたいてい10ソーレス払うことが多いようです。

そうするとスタッフはメーターを10ソーレスに合わせて給油を始めます。

10ソーレス〜約350円。

商売でバスを走らせているのですから、どうせまたすぐに足りなくなるはずです。

ついでだからもう少したくさん入れておいたら?〜と思うのですが…。

それから、これもフシギですが、普通の車と同じようにコンビにも“SE VENDE”(売り物)と書いて走っているのがあります。

車体に、通過するAv.(通り)の名前や行き先がいくつも派手に書かれた古い“ コンビ ”を買って、いったいどうするのでしょう。

それとも、コンビの運行の「権利」もセットで譲る〜という意味なのでしょうか。



ところでこの“ コンビ ”の利用の仕方ですが、リマの地理が相当わかるようにならないと、なかなかむずかしいです。

フロントガラスかボディーにルートNo.が書いてはありますが、はじめての場合、それだけではルートも行き先もわかりません。

No.の他に表示されたAv.の名前や地名を頼りにコースを判断しなければなりません。

そして目的地のAv.を通ることが確認できればいいですが、わからないときは“呼びこみ係り”に聞きます。

“ Crusa Flores? ” (フローレスを横切るか?)とか“ Pasa Javier Prado Oeste? ” (ハビエル・プラード・オエステを通るか?)。

“呼びこみ係り”は一人でも多く乗せたいので、よく聞こえないまま“ Si ! ”と答えることがあります。

そんなときは、乗ってからもう一度聞きなおしてみることが必要です。

そして目的地と違うときは、違うから〜と言って次の停留所で降ります。

もちろん料金は払いません。

“呼びこみ係り”のほうもいい加減に答えた責任もあり請求しません。

「こちらが間違えた場合でも同じように次で降りたらいいですよ。」と教えられました。

「じゃ、よくわからないまま乗ってしまって、それから聞いてもいいんですね。」

「そうなんです。」

なんともおおらかです。

日本のバスのように停留所の名前を知らせることはしません。

だいいち客がいなければどんどん通りすぎて行きます。

ですから気をつけていないと、降りるところを通過することもあります。

はじめて乗ったとき、地図で通りの名前を覚えていたのですが、場所はわかりませんでした。

“呼びこみ係り”に“ Las Flores で降りるので教えてくれ ”と言っておいたのですが、教えてくれません。

どうも通りすぎたような気がして“ Las Flores は? ”と聞くと“ 通りすぎた。 ”と平気で答えます。

結局、通りを9つも行きすぎて歩いて帰りました。

とにかく客を乗せることには熱心ですが、(それと料金を集めることも)降ろすことには全く無頓着ですから気をつけないといけません。

料金集めも、こちらが心配になるほどなかなか集めに来ませんが、それでも取り忘れることはありません。

とにかく“呼びこみ”に熱心で料金集めはその合間をぬって来ます。

それまでに降りる客もいますが、そのときは必ず請求します。

いったん集め始めると実に正確に、もらった客とまだの客をよく覚えていて感心します。

引き換えに小さな「領収書」をくれます。

郵便切手ほどの小さい、薄っぺらい紙切れです。

ときどきそれをくれない“係り”もいます。

面倒なのか、それとも“もぐり”なのか〜。



こうした“ コンビ事情 ”に馴れるまでには少し時間を要します。

リマに住みはじめてしばらくした頃、日常の買い物、食事、ごみの処理なども不自由を感じなくなって、気がつきました。

「リマ暮らし『1人前』になるためにあと必要なことは、『コンビに乗れるようになること』と『散髪に行けること』の二つだ。」と。

「当分、移動にはタクシーを使ったほうが安全ですよ。」と言われ、その通りにしていました。

目的地の地理がわからないのでそうするしかありませんし、またバスは盗難・スリのキケンもあると聞いていましたから。

しかし、タクシー料金が安いとはいえ、やはりバスに比べれば断然高いですし、だいいち行動範囲をひろげるためには何といっても1ソーレスあまりで自由に動ける手段を確保しなければなりません。

それに、キケンとはいうものの、実際に無数の人々が現に利用しているわけですから〜。

一人で“ コンビ ”にトライしたのがこちらに来て一カ月を過ぎたあたりでした。

とはいってもそのときは一人ではなく、日系人の方の“付き添い”付きでした。

“ コンビ一人立ち”にはそれからさらに3週間を要しました。

このときは以前に行ったことのある場所まで。

その次は自分では行ったことがないけど降りる場所を間違えてもわかるところ〜Mira Flores などの繁華街へ。

といった調子で少しずつ“ コンビ 利用術 ”を身につけつつあります。

が、今でも「行けるところは」と聞かれるとごく限られた路線のそのまた一部というしかありません。

脱線しますが、「散髪」のほうもなかなか「勇気」のいる作業でした。

日本と大いに違うところは、ほとんどの散髪屋さんが「男女共通」の店だということです。

繁華街などに行けば、どちらかだけの店もありますが、普通は一緒です。

私の Apartamento の近所にも3軒ほど散髪屋さんがあるのですが、はじめて行くとき、どの店にも女性の先客がいて入りにくく、しばらく時間をおいて行きました。

しかしそれは無駄な努力で、相変わらず先客がいて、結局女性客の隣で頭を刈ってもらうことになりました。

幸いなことに、ここの散髪はじつに簡単で、15分ぐらいで解放されるので、それだけはありがたいです。

 “半人前”ながら“ コンビ ”と“散髪”と二つのハードルをクリアして、なんとか“リマ暮らし”を営んでいるところです。

 

“ オムニ ” “ コンビ ”のほかに“ コレクティーボ ”と呼ばれるものがあります。

これはFord などの大型乗用車で、セントロなど人の多い地区から主要地へ行き先別に客を集め定員(6~7名)が集まると出る〜というものと聞きましたが、残念ながら私はまだ乗ったことがありません。

これらのバスの種類別名称は必ずしも明確に使い分けられていず、人によっては“ コンビ ”と言わず“ ミクロ ”という人もいます。

また“ オムニ ”のことを“バス”と呼び、それ以外を総称して “ コレクティーボ ”という人もいます。

中南米全体にこれらの乗り物はあるようですが、その呼び方はまちまちで、「バスの呼び方で国がわかる。」ともいわれています。

しかし、繰り返しますが人口730万都市に電車がない街〜リマでは、他の国にもまして、“ バス ”が人々の生活に欠かせない“ 足 ”としてきょうも広い街を走りまわっています。

リマから“ バス ”と“ タクシー ”をとったら、もう“リマ”ではなくなってしまうでしょう。



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