Chapter 7


ナスカへ≪Part.4≫        

  トラブルあれども

めでたしめでたし


地上に降りてもまださっき見た地上絵と線の映像が頭の中を占めていました。
なんとなくボーッとしたまま搭乗のときと逆のコースで空港の出入口に立つと、そこで一気に現実の世界に引き戻されます。

みやげ物売りの男女5〜6人が私たちをいっせいに取り巻いて離れません。

そして口々に自分のみやげを買えと迫ってきます。

ネックレス、はがき、ミニチュアのやきものetc.etc.…。

リマの民芸品市場でも売っているものばかりですが、せっかく地上絵飛行を体験したところだから何か記念に〜とTシャツに目をやるとそのとたん、3〜4人ほどの男がわれ先に「これがいい!」「こっちはどうだ!」とそれぞれのTシャツを広げて見せながらつきまとってうるさいのなんのといったらありません。

一枚で十分なのですが値段はわずか10ソーレスというし1人だけから買うのはいかにも可哀想と2人から1枚ずつ買うことにします。

グリーンと青系のを一枚づつ選びお金を払おうとポケットをさぐると20ドル札しか見つかりません。

2人のうちのどちらかが両替するだろうと差し出すと2人とも持っていない。

2人はあわてて周囲のみやげ物売りに聞いて回りますがだれも両替できるのがいない様子です。

「あっちで替えてくるからちょっと待ってくれ」と1人が言い、走って行きますが結局20ドル札を持ったまま帰ってきます。

いつまでも待つわけにはいかないので仕方なくあきらめてホテルに戻ります。

Tシャツを売りそこなった2人の目ががなんともうらめしそうに去って行く私を追いかけていました。

こちらとしては(まだ明日もナスカにいるのだし別にいま買わなくても…。それにそんなに売りたいんなら両替えぐらい用意しておけよ!)です。

ホテルのフロントでオーナーと片言でフライトの話をしていると、さっきからなにやら言いながらずっと私についてきている若い女性がオーナーに何事か訴えています。

若い女性といえば聞こえはいいですがちょっと太目の、この辺のいなかで普通に見かけるセニョリータです。

あまりいい身なりとはいえない、どちらかといえば少女に近い…。

(どうせみやげ物売りの1人だろう、それにしてはしつこいな)ぐらいで無視していたのですが。

するとオーナーが私に向かって「この子に金を払ってやってくれ」と言います。

あわてて“Porque?”(どうして?)と尋ねると、なんと「空港使用料」だったのです。

(そういえばみやげ物売りにしてはなにも持っていなくて、メモか綴りのようなものをかざしてさかんになにか言ってたな)と気がついて小銭の5ソーレスを払います。

それにしてもみやげ物売りにまぎれて、身なりもおんなじでいっしょにわいわい言われたら判別などつきません。

考えてみればいかに「超小型機の駐機場」とはいえ「飛行場」には違いないので空港使用料が要るのは当たり前。

私もうっかりはしていましたが、リマでホテルとフライトの代金を払うとき「すべての料金が含まれている」と説明されていたのですっかり忘れていました。

あとで案内書を見ると普通は「空港使用料込み」と書いてあるし〜。

でも、やっぱり(悪いことをしたな、ゴメンゴメン)です。

部屋に戻りひといき入れてから、フロントの脇にある食堂で食事をしていました。

こじんまりとした食堂で、オフ・シーズンとあって客もまばらです。

きょうの予定を考えながらゆっくり食事をとっているところへ急に2人の男がどたどたとかけ込んできます。

何事かと一瞬身構えると、さっきのTシャツ売りたちです。

なんとあれからどこかで両替用の金を用意してきて、私が食堂に現れるのを待ち、オーナーにいきさつを話して許可をもらってきたというわけです。

活き活きした表情で「こんどは両替できるから大丈夫」と勇んでTシャツを差し出します。

Tシャツのことなどすっかり忘れていた私もこれには参りました。

(大した執念だなー。)

苦笑しながら20ドル札を渡しお釣りのソーレスとTシャツを受け取ります。

するともう1人も20ドル分のソーレス札を見せながら“両替OK”と言っています。

(1人両替したらあとは要らないじゃないか!)

この辺がペルーなんでしょう。

[苦笑い×2]で10ソーレス札を渡してシャツをもらいます。



こんなTシャツ騒動のあと食事を済ませ部屋に帰って荷物をまとめ身支度をします。

チャウチージャ墓地へのツアーバスが迎えに来る10時にはちょうどいい時間です。

本当はもう1日このホテルに滞在しようというのがはじめの計画でした。

しかし、ここまで事が順調に運んで自信をつけた私は、今夜のホテルはセントロに出て自分で探そう〜という気になっていました。

わりと親切にしてくれたオーナーには少しうしろめたい気分でチェックアウトを済ませてロビーでツアーバスを待ちます。

10時をまわりましたがバスは来ません。

(なにしろ“ Hora Peruana ”<ペルー時間>だからな )と自分に言い聞かせながら待ちます。

10分、15分…。

だんだんいやな予感です。

10時が予定時間というのを知っているオーナーもフロントで怪訝な様子。

20分…。

とうとうフロントのオーナーに「バスが来ない。」と訴えます。

「金は払ったか」

「Si!」(もちろん)

「領収書はあるか」

「Si.aqui.」(ここに)

しばらく領収書をながめていたオーナーはおもむろに受話器を取るとそこに書いてある番号に電話して何やら話し始めます。

しばらくやりとりをしたあと「もう少し待て」と言います。

ここはもうオーナーに任せるしかない〜とロビーで待ちます。

再び10分、15分…。

しびれをきらしてもう一度フロントへ。

こんどは電話するオーナーの声も一段と高くなります。

がっしりした体格のオーナーの太い声が受話器のむこうと険しい雰囲気でやりとりしています。

それををわきで聞いていると、自分のためにやりあってくれているのになんだかこわくなってきます。

「10分ぐらいするとバスがくるはず」とオ−ナー。

「Gracias.」(ありがとう)

そして10分、さらに5分。

オーナーも気になるらしく、ロビーのテレビをわざわざビデオに切り替えてペルーの遺跡の紹介を見せてくれます。

実は最初の15分の時点で私はもう(やっぱりだまされたか!これはもうだめだ。)と思っていました。

むしろオーナーがここまで親切に交渉してくれただけで十分ありがたいと〜。

「時間も無駄になるし、もういいからどこか別のツアーを探してほしい」という申し出にオーナーは応じません。

さっきよりもいっそう激しい調子でまた電話をしています。

受話器を置いて「こんどは必ずバスが来るから」

こんどは「Muchas Gracias!」(どうもありがとう)

ロビーで待つのもオーナーに気を遣わせるし〜と中庭に出ます。

小さなホテルですがそれなりのこじんまりしたプールがあって、プールサイドには白い椅子とテーブルがいくつか並んでいます。

そのひとつにかけ、微かな風に身を任せながら昨日からのことを思い起こしてみます。

(ここまでむしろ順調に来すぎたのかもしれない。前払いの失敗ぐらいはなんということもないか)

客はすでにチェックアウトして、誰もいないプールサイドで青い空を見上げながら、一人旅の小さなトラブルをむしろ楽しんでいるような感覚にさえなります。

(きょうバスが来なかったらスケジュールを変更して、明日午前中のツアーにもぐりこもう。替わりにきょうは午後からナスカの市内を歩いてみることにするか。50ソーレスのロスはペルーへの税金)と。

そんなのんきなことを考えていると急にオーナーの太い声が飛んできます。

「来た!」

椅子から飛びあがってロビーのバックパックを引っさげるとホテルの前に止まっている小型バスに飛びこみます。

再三交渉してくれたオーナーに礼を言うひまもありません。

おそらく領収書の旅行業者にかけあって別のツアーに振り替えさせてくれたのでしょう。

走り出したバスの狭いシートにかけながら心の中で

「Muchisimas Gracias!」(ほんとにありがとう!)



バスはコンビと同じようにバンを改造して椅子を取りつけてあり、狭い車内に大柄なアメリカ人グループのいくつかとイスラエル人のペアが窮屈な姿勢で乗っています。

チャウチージャ墓地までは例によってほとんど何もない砂漠を走ります。

ナスカの中心から30キロ余り北にプレ・インカ時代の広大な墓地跡が残されています。

一面、黒っぽい土の表面に小さな白いものが散らばっています。

よく見ると骨片です。

ワッケーロとよばれる盗掘者が墓を掘り起こし、埋葬された土器や織物などの副葬品を持ち去った跡です。

正式に発掘された墓にミイラや副葬品をイミテーションで再現した箇所が数カ所にわたって公開されています。

それらを含めたこの一帯がチャウチージャ墓地と言われる遺跡です。

墓は被葬者の階層によって3段階に分かれ、身分が高いほど深く埋葬されています。

しかしミイラは身分に関係なく一様に両手で両足をかかえ、頭をその両足に深く埋めた格好で埋葬されています。

ペルー人ガイドの英語による説明は私には皆目分かりませんでした。

翌日訪れたナスカ市内の博物館の男性ガイドが身振り手振りで説明してくれたところによると、埋葬のその姿勢は、人が生まれる前の姿に戻すためだというのです。

つまり母親の胎内にいるときの姿勢というわけです。

これはプレ・インカの各地に共通ではなくナスカ地方特有の方法とのことです。

見わたす限りの黒灰色の一帯に骨片と墓。

訪れたときのそんな異様な感覚もいくつもの墓を見てまわるうちマヒしてきます。

そしてさえぎるもののない陽の光と地面からの照り返しに暑さだけが印象として残る遺跡でした。



ツアーバスはその後、ナスカ市内に戻りナスカ陶器の製作現場、昔ながらの原始的な金の精製所を見て回りセントロの終着地で解散です。

前払いのツアーにだまされてホテルのロビーでイライラ…。

という後味の悪さはあったものの結果的には予定のスケジュールをひととおりこなして、とりあえずペルー観光地デビュー“ナスカ編”はめでたし、めでたし。



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