Chapter 6


鍵 社 会


リマは鍵社会です。       
最初の Apartamento に住むことになったとき渡された鍵は4つありました。
Apartamento は日本でのマンションと思っていただいていいです。
だいたい3部屋か4部屋にキッチンまたはダイニングキッチンがあり、場合によっては洗濯をするスペースが部屋の外に設けられています。
 最初に住んだのは6戸のApartamento がひとつのビルになっていて、共同の入り口がありました。
一つ目の鍵はその入り口の鍵です。
2つ目は自分のApartamento のドアですが、ドアが二重になっていて、その外側のドアの鍵です。
3つ目と4つ目は内側のドアの鍵です。
つまり内側のドアには錠が2つついています。
その上日本と違いそれぞれの鍵は一回まわしても開きません。
2回まわしてからさらに力を入れて止まるところまでまわした状態で押すとはじめて開きます。
最初はわからなくて2回まわしても開かずとまどっていると家主が笑いながら説明してくれます。
 そんなわけででかけるときポケットかポーチの中で鍵がいつもジャラジャラ音がしています。
 リマで日本語の塾を経営しているオーナーの方がその塾を案内してくださったとき、塾のビルの鍵と自宅の鍵の2セットを見せながら「鍵が多くて大変なんですよ。いまだにどれがどれだかわからなくて・・・。」と言っていましたが私はそれを見て、開け閉めもさることながら、いつもそれを持ち歩いているのかとそちらのほうが気になってしまいました。
 それほど厳重にしていてもなおかつドロボウの被害があるといいますから神経を使います。
 私も家主から注意されました。
「ドアフォーンで何か話し掛けられても決して扉は開けないでください。
特に言葉がわからないといろいろ言ってくるのでそんなときは“No gracias”(結構だ)と相手にしないように〜」と。

 こんどの Apartamento では渡された鍵は1つだけでした。
ここには100戸あまりのApartamento がまとまっていて通りに面した出入口は鉄格子の扉があり、24時間常に2人いる警備員がチェックしています。
そのため敷地の中は安全で鍵も1つだけ。
「これでポケットのジャラジャラから解放された〜。」
と思ったのは早計でした。
 Apartamento はちょっと古いですが建物はしっかりしています。
4部屋+ DKという一人暮しにはゼイタクな広さですが、その一つ一つの部屋にそれぞれ鍵がついているのです。
 引越しでバタバタしていてはじめは気にしていませんでしたが、少し落ち着いてきたころシニョーラ坂口に聞きました。
「他人が家に来たときのためです。」
「友達が来たとき?」
「そうじゃなくて、家の掃除を頼んだり、使用人を置いたりしたときです。」
 日本では家の掃除を他人にさせることはないし、まして使用人を置くなどということは余程大金持ちでない限りしませんが、こちらではごく普通の家庭でも週に一度くらいの間隔で他人を使って掃除をさせます。
一日の値段は20ソーレス(約600円)、半日だと10ソーレスぐらいだそうです。
 掃除を頼んだり使用人を置いたりした場合、誰か家族が家にいればいいですが、用事や買い物で家に誰もいなくなるときは、各部屋には鍵をかけて出るのだそうです。
そうしないと物、特に貴重品などがなくなることになる〜と。
 そんなに不便な思いまでして他人に掃除を頼まなくてもいいのに〜。
と私は思うのですが。
 で、私には無縁の世界だと聞き流していたのですが、そうではありませんでした。
机、パソコン、本を置き普段私が作業するのに使うことにした部屋の錠が壊れていて鍵がかからないのです。
しかし私は当然部屋の掃除は自分でするし、他人が家に入ることもないのでそのままにしていました。
唯一人ここに来る人は、シニョーラ坂口だけです。
家を借りるときの交渉から、入居後の初回の電気・電話料金の扱いのことなどの打ち合わせまでカステジャーノができない私に代わって立ち会ってくれる方です。
「通信4」でも書きましたが、私がこうして無事ここに住めるようになったのはシニョーラのおかげといってもいいくらいです。そういえばこのApartamento をみつけてくれたのもシニョーラでした。
 シニョーラに指摘されました。
「なにがあるかわからないので、とにかく錠をなおして鍵が掛けられるようにしておいたほうがいいです。」と。
「そうそう、家で使っている使用人のペドロは大工仕事ができるので、直させましょう。」
と彼をよこして直してくれました。
 その2〜3日後、温水シャワーの取り付けの工事をすることになり、工事人が来ました。
これが予想外に時間がかかって、半日仕事でした。
1〜2時間で終わると思っていた私は、どうしても必要な買い物のため、家をあけることになったのです。
 他のものはともかく、パソコンとその周辺機器は“命”なので自分の部屋は鍵をかけてでかけました。
あとでシニョーラに言われました。
「そうでしょう。 鍵はとにかくかけられるようにしておかなくては。」
しかし、その工事人の人はどうみても人のものを盗むような人ではなく、でかけるとき鍵をかけるのがすごく気がひけます。
実際、途中でコードが足りなくなり、どこに売っているのかわからず困っていると、彼が「自分が買ってきてあげる。」といい、お金をわたすと帰ってきて、領収書とつりをきちんとわたしてくれます。
「人を見たら泥棒と思え」は私もいろんな話をきいていて用心はしようと思います。
が、人を目の前にしてそれを実行しなくてはならないのはちょっとつらいです。
 そして「鍵社会」の極めつけは電話機の木製カバーです。
ここに移ってきて一通り家具などを見たとき電話機に木製のカバーがついているのに気がつきました。
 はじめ「ほこりがつかないようにしてあるのだろう。」と思いましたが、カバーはダイヤルの部分だけなので「おかしいな」とよく見るとカバーに鍵がついているのです。
これはもうシニョーラにきくしかありません。
「あ、それはね、使用人が勝手に使わないようにしてあるの。
かかってきた電話だけとれるようになってるでしょ。」
つまり家人がいないとき使用人が電話を、特に長距離電話をかけまくるからだそうです。
唖然。

でも、まだ驚いてはいけません。
家によっては冷蔵庫にも鍵をかけるのだそうです!。


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